横丁「食」コラム 〜 納豆・寺納豆 〜


日本の朝食の風物詩「納豆」
大豆を発行させたことで生じる独特の臭い、粘り、味・・・
食生活が洋風に大きく傾いた今でも、日本人の心をとらえて離しません。



納豆の歴史はとても古く、「縄文時代」には既に食されていたようです。


縄文時代、中国からまずコメが入り、その後大豆も入ってきます。
もちろん、大豆がそのまま納豆になるわけではありません。
当時、縄文人は、稲ワラを編んで作った
「苞(つと)」と呼ばれる容器をよく使用していました。


縄文人は知る由もなかったでしょうが、
実は日本の稲ワラには、一本につき、1000万個に及ぶ「納豆菌」が付着しており、
煮た大豆をいれて保存しておけば、自然と発酵して納豆ができてしまうのです。


大豆を保管しておいて、出してみたらネバネバと糸を引いていたわけですから、
さぞや驚いたことでしょう。
最初に口にした人の勇気は賞賛に値します。



現在では、納豆菌を稲ワラからつけるのではなく、
「培養」して大豆につける方法が主流となっています。


これは「半沢式納豆製造法」と呼ばれ、大正時代から日本中に広まっていきました。
この方法が広まったのは、「衛生管理」の面で優れているからです。
ワラ苞に入れてしまうと中身が見えませんが、
「半沢式」では霧吹きで菌を吹きかけるので、大豆の様子を見ることができます。
よって不具合があっても対処しやすく、生産効率という面でも優れています。



現在は、「スチロールパック」や「紙カップ」に入れてあるものが主流ですが、
「苞」を使う方法も受け継がれています。
「苞」で作った納豆は臭いが抑えられるので、納豆の臭いが苦手な方や、
口臭を気にする方にとっては、とてもありがたいものです。


しかし、商品によっては、ワラに入っているのに臭いが消えていないものもあります。
もちろん、「半沢式」で作ったものを、ワラ容器に入れてあるだけのこと。
事情を知ってしまうと、騙されているような気になります。



納豆といえば、茨城県・水戸市「水戸納豆」が有名です。
「小粒の納豆」が特徴で、食べたことがある方も多いでしょう。


「水戸納豆」ができたのは18世紀前半。
「小粒の大豆」は、味噌・豆腐作りには適さない大豆ですが、
当時の水戸は水害が多く、土地も痩せていたため、
このような大豆しか獲れませんでした。
それでも、なんとか美味しく食べたいと考えた結果、「納豆」が採用されたのです。


現在でも、茨城県では、「納豆小粒」という、
そのままの名前の大豆が栽培されています。
他の地方では栽培できない、汎用性の低い品種ですが、
それが水戸ブランド効果を高める一因にもなっています。



関西の人の納豆嫌いは有名な話。
管理人の友人にも、じっと目を見て「どうしても食われへん・・・」と言う人が
少なからずいます(別に、追い詰めたわけではありませんよ)。
一方で、「無いのは考えられへん」という友人もいるので、
関西の方にも好みの差はあります。


しかし、日本の歴史は九州地方から始まったとされています。
食文化の伝播も同様でしょうから、納豆も間違いなく関西を通っているはずです。
なぜ、定着しなかったのかは興味深いところですね。



なお、関西には「寺納豆(塩辛納豆)」と呼ばれるものがあり、こちらは好まれています。

寺納豆は、納豆菌ではなく「麹菌」を使って、数ヶ月かけて発酵・熟成させて作ります。
納豆と違って、豆に塩味がついていて、酒の肴としても重宝されます。
また、寺の僧侶たちは肉食が禁じられているので、貴重な栄養源ともなっています。


「寺納豆」は、京都の「大徳寺納豆」が有名で、
「寺納豆」という名称は、この寺に由来があります。
さらに、静岡県・三ヶ日町にある「大福寺」「浜納豆」というものがありますが、
これも「寺納豆」と同じものです。



余談・・・


管理人が納豆を食べるのは、一週間から二週間に一回程度。
まあ、平均的かと思ったら、一番多いのは2〜3日に一回だそうです。
世代別にアンケートをとれば、管理人の世代(20代)は少なくなるかと思いますが、
それにしても本当によく食べられているようです。


あと、先述した「苞」に入れられた納豆ですが、臭いがないぶん、
大豆の味を楽しみやすいのは確かですが、あの
「臭い」がないと寂しいですね。
納豆が好きな方に共通する意見かと思いますが、いかがでしょう。



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