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横丁「食」コラム 〜 たこ焼き 〜
お祭りや縁日に行けば、必ずと言っていいほど「たこ焼き」の屋台を目にします。
大してお腹がすいていなくても、あの匂いと、鉄板でくるくるひっくり返していく パフォーマンスに誘われて、ついつい買ってしまう方も多いのではないでしょうか。 黄昏時の神社の縁日で、あるいは花火大会の待ち時間・・・ パックに入った「たこ焼き」を受け取る時の妙なワクワク感は、 大人になっても変わりません。
一方、「たこ焼き」といえば「大阪」です。 繁華街や商店街に行けば、日常的に「たこ焼き」の屋台が出ています。
橋を渡れば屋台が、角を曲がればまた屋台が・・・という具合です。 また、どの屋台にも多くの人が群がっていて、 「祭りでもないのに、あれだけ屋台が出ているとは・・・」と、 ちょっとしたカルチャーショックを受けたものです。 いろいろな屋台で食べましたが、どれも美味しいのにも驚きました。
東京の祭りなどで出てくる「たこ焼き」は1パック(6〜8個)食べれば、 「もういいや」となってしまいますが、大阪のものは2パック(20個前後)いけます。
さて、この「たこ焼き」ですが、「麩の焼き」というものがその原点にあるようです。 「麩の焼き」は、江戸時代後期に登場しています。 千利休の茶会で出されたとのことで、最初は「お茶請け」のような扱いだったのです。
「麩の焼き」は、小麦粉(麩)を水で溶いて薄く伸ばしたものを焼き、 味噌などを塗ったものです。 味噌汁の具となる「お麩」は「焼き麩」で、それと区別するために 「麩の焼き」と呼ばれていました。 でも、ちょっと分かりにくいですね・・・
なお、「麩の焼き」は、「たこ焼き」のみならず、「お好み焼き」、 「どんどん焼き(関西では「一銭洋食」と呼ばれていました)」など、 小麦粉を使った庶民の食べ物の大きなルーツともなっています。
時代を追っていくと、明治の半ば頃には神戸で「明石焼き」が登場しています。 たこ焼きに似ていますが、ソースではなく「出汁」で食べるのが特徴で、 今でも大人気の食べ物ですね。
同じ頃、大阪では、中にこんにゃくなどを入れていた「ちょぼ焼き」、 それより少し大きめの「らぢお焼き(具は牛肉)」などが焼かれていました。
昭和に入り「明石ではたこを入れている」という話を聞いた職人が 「らぢお焼き」にたこを入れたところ、これが大当たりし、 以後、「たこ焼き」として定着していきます。
「たこ焼き」は開発されて以来、大人気を続けている食べ物ですが、 中に入る具は「たこ」が中心です。 他にも色々試されてはいますが、大原則は「たこ」です。 昭和から平成にかけて時代が大きく動きましたが、変わっていません。 相性がよかったという言葉だけで片付けてよいものか・・・ めぐり合わせというのは本当に不思議なものです。
余談・・・
現在、「たこ焼き」は全国どこでも食べられますが、「大阪」の熱狂ぶりは別格です。 たこの大きさも、ソースの味も、焼き加減も千差万別。 多くの店、屋台が激しい競争を繰り広げており、楽しめます。
管理人の地元・東京では、街中にいつも「たこ焼き」屋台が出ていることはありません。 その代わり、知らず知らずのうちに「たこ焼き」を扱う「店舗」は増えていますね。
チェーン展開がほとんどですが、味は粒揃い。 各店舗のホームページも拝見させてもらっていますが、 どこも並々ならぬ研究をされているのが分かります。
大阪ほどの文化ベースがないため、「たこ焼き一本」のみでやっていくのは 厳しいでしょうが、食べたいときに街中で手軽に食べられるようなところが もっと出てくればいいなぁ、と思っています。
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