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横丁「食」コラム 〜 立ち食いそば 〜
「立ち食いそば」と言えば、 駅舎内や駅のホームにあるものを思い浮かべる方が多いでしょう。 列車が来るまでに、いそいそと食べて、あわてて電車に乗るのは、 日本ならではの光景です。
駅のホームにいる人たちは、時間のない人が多いのは明白なのですが、 それでも立ち食いそばの温度は熱々です。 ふうふう冷ましながら食べているうちに、電車が来てしまって、 残すはめになることもしばしば。 でも、ぬるかったら「立ち食いそば」じゃあありません。
旅行中、列車の待ち時間に食べる方も多いでしょう。 管理人は「旅行」「旅情」といった雰囲気にめっぽう弱く、 一段と美味しく感じてしまいます。 というか、そばの中では「NO.1」だと考えています。 手打ちのそば屋などのほうが美味しいのは明白なのですが、 雰囲気には勝てません。
立ち食いそばの値段は、300円〜400円ぐらいのものが多いと思いますが、 江戸時代には屋台の立ち食いそばが「一杯16文」だったとのことです。 「文」は、江戸時代の最小通貨単位で、現在の10円ぐらいと考えればよいでしょう。 つまり一杯160円ぐらいだったということですね。 江戸庶民の収入がどれぐらいだったのかは分かりませんが、 意外と値頃な食べ物だったのではないでしょうか。
もともとは、いわゆる「つけめん」でした。 それが、江戸時代の半ばくらいから、 そばに汁をかけて食べるようになり、 「ぶっかけそば」「かけそば」といった名称が生まれました。 対抗して、つゆとそばを別々にした「盛りそば」も現れていますが、 これは、そばの味を味わうことに眼目があります。 また、つけめんの発展系として、高級感を生み出す狙いもありました。
「そば」についての話題も少し。
「そば」は、米や麦などと違い環境の厳しい場所でも栽培でき、 なお且つ早く収穫ができる(80日程度)ことから、 日本でも飢饉の時の対応策に活用されていました。
もともとは、身をそのまま食べたり、粥にして食べたり、 あるいは団子にして食べられており、単なる代用食でしかありませんでした。 こういう形で食べている国は今も多く、 日本の「そば文化」は、非常に進んだものといえます。
現在のような「麺の形をしたそば」は、江戸時代から普及しだしました。 先述した収穫のしやすさなどから、価値が見直され、 食材として重宝されるようになったのです。
数百年にわたり日本人を支えてきたそばですが、 現在の自給率は20%程度。 残りの80%は輸入に頼っています。 最大の輸入先は中国、以下、米国、カナダの順になっています。
立ち食いそばの話題に戻ります。
立ち食いそばというと、 どうしても「駅ホーム・駅構内」が頭に浮かんできてしまいますが(管理人だけ?) 最近では、街中にも「立ち食いスタイル」を貫くそば屋があります。 マクドナルドを筆頭としたファーストフードが現れて久しいですが、 立ち食いそば屋も、日本が生み出した立派なファーストフードと言えるでしょう。 「ファースト」と言う観点からすれば、間違いなく最速の部類に入ります。 洋食系ファーストフードは、座って食べるのが基本ですからね。
とはいっても、現在では、どこに行っても「イス席」の店がほとんど。 それが日本の飲食店の常識にもなっています。 「持ち帰り系」も、自宅や近くの公園などで、 基本的には「座って」食べることが多いでしょう。
立ち食いそばが隆盛を極めたのは1960年代以降の高度経済成長期のことで、 その頃は仕事に打ち込むことにこそ美徳があり、 食事をのんびり食べるような時代ではありませんでした。
現在では「スロー〜」、「癒し」などの言葉が日常語として使われるようになり、 ゆとりのある食事をとることの価値も高まる一方です。 本物志向も盛んで、店内で「手打ち」した蕎麦の人気は高いですね。 時間はかかりますが、良いものを食べたいという消費者の声にマッチしています。
また、近頃では、「清潔感」、「メニューの充実」、「快適なサービス」といった 付加価値がないと、どこの飲食店もやっていけません。 立ち食いそば屋も、このへんはきちんととらえているようで、 管理人がたまに立ち寄る店は、 コンクリートだった床を、フローリングに変えていました。 これまでの立ち食いそば屋のイメージが変わりつつある、いわば過渡期ですね。
「立ち食いそばのチェーン展開」も注目に値しますが、 それは、また別の機会に書きたいと思います。
余談・・・
管理人は、「立ち食いそば」に対しては、かなりの思い入れがあります。 電車で遠くへ行くとなると、「その駅に立ち食いそばはあるか」ということが、 大きなテーマとなります。
今まで食べてきた中では、愛知県・JR豊橋駅の構内にある、 立ち食いそば屋の「天ぷらそば」が美味しくて、今も印象に残っています。 食べたときは、まだ10代でしたが、今思えば、 あの一杯が立ち食いそばに目覚めるきっかけを与えてくれたような気がします。 |